YOU太郎の働き方改革~着任と小さな世界2~
こんにちは。YOU太郎です。
かくして、美山営業所の所長として着任することとなりました。
前述したように通院治療中ということで、投薬しながらの所長復帰です。
小さな会社では、いくら病気で入院しても、退院したら兵隊に逆戻りです。
逆に、そんな状態であっても私の手腕を買っていてくれているということなのか・・・。
優しんだか優しくないんだか・・・どちらにしても大事な役目を仰せつかったな・・・。
ここで、美山営業所と私が居た北町営業所について少し話します。
美山営業所は下村所長もその前の所長も女性所長でした。
そして、慢性的に営業成績が伸び悩んでおり、三つある営業所中いつも最下位の成績でした。
この美山店は「悪しき習慣」があるとのことで、私の入社当時有名でした。
先代の女性所長がいわゆる女王様で、けっこうな公私混同をしていたようです。
仕事が終わっているのに遅くまで部下をつきあわせたり、それも勝手に部下のタイムカードを切った上でということでした。
生産性やコストの観念が皆無で、生産を伴わない残業代や経費を垂れ流していたとのこと・・・。
休みの日に旅行や遊びに付き合わされることも珍しくないとかで部下からも悲鳴が聞こえることがありました。
色々な会社がありますが、その会社の一部がブラックであることもあるようです。
後にこの所長は退職し、No.2であった下村所長に引き継がれたのでした。
代が変わり、暗黒時代が終わって新しい美山営業所が始まるかと思われました。
しかし、下村所長がまだ若く不慣れであることや、もともと商圏人口も少なく、小さな事業所だったので成績は悪いままでした。
私は下村所長よりも早く所長に就任して、北町営業所を動かしていました。
もともと幹部候補で採用されたのですが、入社して3年がたつ頃に当時の所長が急死したため、私がいきなり所長に昇格していたのでした。
前所長は要領がよくやり手で、3営業所中トップの業績を常にたたいていました。私はそんな営業所を守るために必死で働き、なんとかトップの成績を維持していました。
悪く言えば自分一人でがんばってしまっていたのですが、無駄な残業はさせないようにして、部下も極力早く帰していました。
わたしは所長の中では社歴が一番短いですが、営業成績は良いほうでした。
そのことがやはり誇りであり、自分が会社にとって重要な人間だと思っていました。
この小さな世界で、盲目に働き、全てを得たような気持になっていたのです。
病気をして入院生活を送るまでは・・・。
美山営業所のスタッフは応援などで一緒に仕事をしたことのあるメンバーもいたので、あたたかく迎えてくれました。
もう私は盲目ではありません。
ちゃんと冷静に自分を見ることができていました。
「諸行無常」「盛者必衰」「色即是空」この言葉がそのときの私にピッタリでした。
「みんなよろしく。私はとにかくここの数字を上げることに専念します。いきなり所長が変わってやりにくいと思うから、慣れるまでは今までどうり下村さんを所長と思ってください。」
「てか、君らも早く所長になって俺と代わってくれよな?俺そもそも2か月だけって話で来てるんだから。」
そして嵐の前の穏やかな日々が始まるのでした・・・。
次回に続きます。